無くなるのが惜しくてたまらない戦後昭和の歴史遺産、高円寺の民生食堂「天平」

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創業昭和26年。2012年の他の方のブログを見ると暖簾は左から右に食堂と大きく書かれた紺色染め抜きの暖簾がかかっている。こちらは右から左に書かれており、しかも白地に黒。敢えて古い暖簾を掛けているのだろうか。

 

ガラス戸を開けて中を見るまでの心理的抵抗感は高い。まだ営業しているのか、もう廃業しているのか判然としない外観だったし、店頭の食品サンプルは黒ずんでいて怖い。衛生的な食事が出されるのか不安にすら思った。どなたかのブログでまだ営業していること、案外と中はこざっぱりとしていることを知って興味を惹かれた。

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戦前は昭和16年から始まった「外食券食堂」というものがあり、米殻通帳というものを役所に提出して役所に発行してもらう「外食券」がなければ市井の人は「外食券食堂」で食べられなかったそうな。

戦後の混乱期を乗り超え、米の供給量が増えると昭和26年には外食券制度が廃止となり、都指定の「民生食堂」が生まれたのだという。

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開業して67年。新潟から上京したという甥の現店主が継いで、50年。残念ながら今年度中、あるいは2019年頭には閉めてしまうのだという。主人は「後継ぎもいないしさ」と寂しそうに零した。店内に飾られる七五三の晴姿の写真は娘さんのものだろうか。

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まだ小さい頃の娘さんがおさんどんの手伝いをして店内の客の間を行き来する往時を勝手に想像してその頃に来たかったな、と勝手に思い描く。

 

 

何をキッカケで継ごうと思ったのだろう。

どんな想いで50年間続けてきたのだろう。

主人にとって民生食堂とは何なのだろう。

どんな時が一番嬉しかったのだろう。

私の歳の頃はどんな感じだったのだろう。

メニューはどう選んで決めたのだろう。

店を閉じた後は何をしたいのだろう。

一生をかけて切り盛りしてきた店を閉じる覚悟を決めた主人に聞きたいことが山ほどある。

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甲子園の開会式がテレビに映される盛夏の昼下がり。汗をかいて水滴が水溜りになるラガービールの瓶。エアコンも最大出力で回っているからそれなりに涼しいはずなのだが、ビールがキンキンに冷やされすぎているのだと思う。

 

昼から酒を飲んでいるタンクトップ姿の親父が数人いそうなものだが客は他にいなかった。近所から通う常連も姿を消してしまったのだろうか。

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惹かれたのが金網の入った引き違いのガラス戸。鍵はネジ式。創業時からのものだろうか。木枠も飴色に変わっているが反りも狂いも少なそうなしっかりとした作り。

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壮観な眺めだ。色褪せた品書きが統一感を醸す。

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鯖味噌定食。白米御飯が食べ進む少し濃い目の味付けだった。骨も気にしないほどに柔らかく煮付けられている。美味しかった。

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オムライスに冷トマト。

 

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新聞にも取り上げられたという自慢のオムライスはかなりの量なのだが息子達が簡単に平らげた。

 

アジフライも人気らしい。肉じゃがやきんぴら、単品のトンカツなど気になるメニューはまだ他にもある。

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名はキティ。齢20の老御婦人。幼児2人のうるさい客にも動じず、静かにじっと見つめる。

 

蝋燭の長さはあと僅かしかない。もう消えるのがわかっている。ああ、消える、消える。フッと消えた後にくる静けさと寂しさ。それをこれから常連客は見届けていくことになるのだろう。

 

そして数年もすれば道路拡張工事が始まりこの建物も取り壊されることが既に決定している。建物が無くなればそこにあった店の記憶は思い出す触媒を失ってしまう。郷土資料館の写真のような現実感に乏しい資料になってしまうのだろうか。

 

勘定を済ませるとオムライス、美味しかったかい、と柔らかい声で息子達に尋ねる。息子二人と写真を撮ってもらった。無くなってしまうのが惜しくてたまらない。しかしそれも拡張工事で建物が潰されてしまうからにはどうにもならない。

 

作陶に通う日にはこれからは毎回、ここで食べようかと思う。そして閉店廃業する月には、最後の贅沢に鰻重を頼みたい。鰻重4000円也。誰かがここで鰻を食べたというブログが全く見つからんのだよな。冷凍しておくのだろうか。

 

 

懐かしさと寂寥感と温かみを感じる陶器を作りたいな。